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人類史の概念を根底からくつがえした「サピエンス全史」の著者である歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリ。その彼がウクライナ危機について2/28付でガーディアン誌に寄稿した内容はすでに翻訳され、国内でも多くの人々が目にしたのではないかと思います:プーチンは負けた―ウラジーミル・プーチンがすでにこの戦争に敗れた理由(原題:Why Vladimir Putin has already lost this war)
そしてウクライナ侵攻が始まって1週間目の3/3には、TEDがユヴァル・ノア・ハラリとの対談をYouTubeに公開しました。こちらは今のところ未邦訳。49分もあって結構長い動画なのですが、ガーディアン誌への寄稿をさらに深めた内容だったので、備忘録として記しておきます。
TED動画はこちら:
The War in Ukraine Could Change Everything | Yuval Noah Harari | TED
対談の内容は多岐に渡っているため、気になったところだけ意訳で抜粋します。今は英語字幕しかありませんが、そのうちTEDのほうで正式な日本語字幕がつくかも知れません。
プーチンが考えるウクライナとその誤算
冒頭でまず、プーチンの立場から見た現在の状況についての話がありました:
2:16 この戦争の重要な問題は、少なくともプーチン大統領にとっては「ウクライナが独立国であるかどうか」です。プーチンは「ウクライナは国家ではなく、ロシアの一部である」という幻想を抱いています。その幻想のウクライナ人というのは、母なるロシアの胸に戻りたいロシア人であり、それを唯一阻んでいるのが政権トップの悪党(ゼレンスキー大統領)だというわけです。
2:58 そしてプーチンの信念は、少なくとも「ロシアはウクライナを侵略する必要がある→そうすればゼレンスキーが逃亡する→ウクライナ政権が崩壊する→ウクライナ軍は抵抗しない→そしてウクライナ人はロシアの解放者を歓迎して花束を投げてくれるだろう」というものでした。しかし、この幻想はすでに砕かれています。ゼレンスキー大統領は逃亡せず、ウクライナ軍は反撃している。ましてウクライナ人はロシアの戦車に花束を投げるところか、火炎瓶を投げているのですから。
The War in Ukraine Could Change Everything | Yuval Noah Harari | TED
プーチンは当初、2日ほどでウクライナ侵攻を終わらせるつもりだったそうなので、上記のとおり、シナリオ的にかなり甘くみていたのは確かであるように思います。侵攻直後に、ウクライナの女性たちが空き瓶を使って火炎瓶を作る映像が流れてきたのも記憶に新しいところです。しかしロシア国内では今ごろ、ロシア軍が正義の解放者として歓迎されている映像を流しているのかも知れません。
大きく変わったロシアのイデオロギー
次に、現在のロシアがプーチン個人のイデオロギーに突き動かされているように見えることについての話がありました。それは裏を返すと、そのイデオロギーがプーチン以外のロシア人とはあまり共有されていない、という事を表しており、結果としてウクライナ侵攻の大義がどこにあるのかわかりにくくなっています。
5:49 ロシア帝国を復活させるという野望みたいなものは常にそこにありました。しかしご存知のとおり、帝国というものはしばしば一握りの支配階級によって創り出されるものです。私は、ロシアの人民がこの戦争に乗り気だとは思いません。いまのロシアの人々は、ウクライナを征服したりキエフの市民を大虐殺したいなどとは思っていないはずです。この戦争はすべて上層部(の命令)から来ています。
6:12 確かに、ソビエト連邦時代を振り返ってみると、そこには確かに集団的なイデオロギーがあったと言えるでしょう。当時、その社会思想はソ連の人口の大多数によって共有されていました。しかし、現在のロシアにこのような現象は見られません。
10:18 プーチン(が侵攻する)以前は、ウクライナ人とロシア人は互いに憎み合ったりはしていませんでした。両者は兄弟のようなものでした。しかしいま、プーチンが互いを宿敵に変えようとしています。もし彼がこの戦争を続けるなら、その憎しみがプーチンの残す後世の遺産となるでしょう。
The War in Ukraine Could Change Everything | Yuval Noah Harari | TED
もともとウクライナ人とロシア人が非常に仲が良かったことは、私自身もこの目で見てきたので疑う余地はありません。しかし、市民を巻き込んだ一方的な殺戮がこのまま続けば、両者の絆は失われ憎しみに変わっていくであろう事は容易に理解できます。プーチンが残す負の遺産は、今後の歴史において非常に高くつくことになりそうです。
ウクライナ危機が世界に与える影響について
ユヴァル・ノア・ハラリは「この戦争が続くとウクライナ人とロシア人だけでなく、世界全体までもがひどく苦しむことになる」と指摘しています。2国の紛争にとどまらず、世界全体が被る影響は多岐にわたるわけですが、歴史学者がその筆頭として挙げたのは国家予算の例でした。
11:53 ウクライナ戦争で世界全体が苦しむことになる理由は、その衝撃波が全世界を不安定にさせるからです。まず結論から言いましょう:それは国家予算のことです。
私たちは過去数十年、驚くべき平和の時代に暮らしてきました。しかもそれはヒッピーの夢物語などではありませんでした。それは各国の軍事予算という結果に現れていたからです。12:15 ヨーロッパ(EU加盟国)での平均の防衛予算は、国家予算の3%くらいです。これは歴史的な奇跡に近い。なぜなら歴史の大部分を通じて、王や皇帝やスルタンといった支配者の予算のうち50%〜80%が戦争や軍隊に使われてきたからです。今のヨーロッパでは、それがたったの3%。全世界の平均でみても6%くらいではないでしょうか。
12:41 しかしここ数日で私たちが目にした通り、ドイツがたった1日で軍事予算を2倍に引き上げました。私もそのことに異論ありません。いま彼らが直面している状況に照らせば合理的な判断だからです。それはドイツ人にとっても、ポーランド人にとっても、ヨーロッパ全体にとっても同じことです。
13:01 しかしこのことは、どん底を目指すレースのようなものです。ヨーロッパ諸国が軍事予算を2倍にするとき、他の国々も不安になり軍事予算を倍にします。そうやって2倍3倍になっていく。ですがそのお金は本来、医療福祉、教育、気候変動対策といったものに使われるべきものでした。それが戦車、ミサイル、戦争に使われてしまう。(そうやって全体の利益が損なわれていく)
The War in Ukraine Could Change Everything | Yuval Noah Harari | TED
この話はさらにAI利用の国際ルール制定の問題にまで及んだのですが、長くなるので割愛します。ひとつひとつ挙げていったらキリがないほど、影響範囲がとてつもなく広いことを感じます。軍事予算を増やすにはそれ以外の予算を削る必要がある、という当たり前のことは心に留めておきたい。
この戦争が却って欧米の連帯感を強化した
今回の対談ではウクライナ問題から派生した話題もたくさんありましたが、そのなかで個人的に印象深かった話題はこちら。欧米諸国は右か左かで仲間割れしている場合ではなく、互いに協力しあえる共通の土台に気づくべきだという話です。
15:05 もしプーチンの目的がヨーロッパやNATOの分断であるなら、それはまったく逆効果でした。ここ数年来、欧米諸国を分断していたものは、いわゆる文化戦争(culture war)です。右派と左派の戦い、保守派とリベラルの戦い、といったような。
私は今回の戦争が欧米でこうした文化戦争を終わらせるきっかけになると見ています。まず、この戦争が我々全員の問題であると気づくからです。欧米の民主主義の内側で右か左かの論争をするよりも、もっと大きな問題がある、ということに。(今回ウクライナ戦争は)我々が団結して、欧米の自由な民主主義を守るために立ち上がる必要がある、と気づかせてくれます。16:22 そのことには、もっと深い意味もあるのです。いままで右派と左派のあいだの多くの議論は、リベラリズムとナショナリズムの矛盾という観点でなされてきたため、どちらか一方を選ばされるような形でした。右派はナショナリズム、左派はリベラリズム、というように。
しかしウクライナ問題は、右派も左派も足並みを揃える必要があることを教えてくれます。歴史的に言って、ナショナリズムとリベラリズムは正反対のものではないのです。それは敵同士ではなく、友であり、ともに歩むべきものなのです。彼らは「自由」という中心的価値において、共通の土台を見出します。17:17 その共通の土台において、愛国心というのはマイノリティを嫌ったり外国人を排斥することではなく、同じ国の人々を愛することだと理解できるようになります。その土台は、両者がともに手を携え、どのように国家を舵取りしたいかについて、建設的な合意に達するためのものなのです。
The War in Ukraine Could Change Everything | Yuval Noah Harari | TED
いままでも戦争はあちこちであったけど、今回のウクライナ戦争は核戦力を持った大国同士がぶつかり合う危険性があるという意味で厄介なものです。一般論として、もし一方的に暴力を振るうひとがいたら、その暴力をやめさせないといけないわけですが、今回は外交努力が全く役に立ちそうもありません。
そのような平和的な外交アプローチは平時に機能するかもしれない。だけど、今回のような非常事態ではロシアに制裁を課すのが限度です。今回のケースではむしろ、即座に武器をとって応戦したウクライナ軍のほうがよっぽど機能しているように見えます。ここから言えることは、平和主義と武力行使のどちらのアプローチが正しいか?ではなく、両方とも必要であるということなのでしょう。
以上、ごく一部ではありますがTEDからの抜粋でした。これ以外にも多くの切り口から言及があったので、興味ある方はぜひ動画をチェックしてみてください。
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